先日「幻の新橋駅」を見せてもらう機会があった。この名前を聞いたことがある方は多いのではないか。日本における地下鉄の歴史の、いわば生き証人である。1939年につくられ、8か月間だけしか使われず、その後現在まで一般立ち入り禁止になっているものだ。

場所はもちろん新橋。東京メトロ銀座線新橋駅の地下1階切符売り場の裏にある。話には聞いていたが、ふだんふつうに行き来する通路の向こう、壁一枚隔てて存在するのを目の当たりにしてびっくりした。

↑あ、ほんとにここなんだ! というあっけなさと驚き。通路にある何も書いていない扉を開けると、そこがもう幻のホーム。

現在の銀座線のホームと線路は地下2階なので、1層上に存在することになる。

で、最初のタイトル写真がちょうど扉を入って目の前に広がる光景なのだが、こうして見るとぜんぜん「幻」感がない。そう、今回ぼくが感動したのは、この「ぜんぜん幻じゃない」という点にある。


↑ホーム上から渋谷方面を見たところ。実はこの線路、現役である。1層下の線路につながっている(画像クリックで大きなものをご覧いただけます。以下の写真も同様)


↑右側、浅草方向を見ると、そこがエンド。この裏は現在の切符売り場だ。


↑トップ画像と同じ。左右ぐるっとパノラマで見たところ。

そもそもなぜ「幻」と称されるのか。もちろん戦前当時の姿をおおむね保ったまま現在まで残っていることが大きな理由だが、その悲劇的な経緯にもよっていると思う。多大な苦労の末1927年に日本初の地下鉄を浅草~上野間に開通させた「地下鉄の父」と呼ばれる早川徳次は、ここ新橋駅からの延伸をめぐって東急の総帥 五島慶太と争った。そして負け、地下鉄事業から追われその後ほどなくして亡くなっている。顛末を聞くたびに切なくなる。この物語の残滓とでもいうべきものが、この駅なのだ。ただし、この駅は五島側のもので、現在使われている駅が早川徳次がつくったもの。

詳しいいきさつは「幻の新橋駅」で検索すると詳しいページがたくさん出てくるので、そちらをご覧頂きたい。ほんとみなさんよく調べておられる。鉄道の世界はさすがだ。


↑線路面にも降り立たせてもらいました! これは終端から渋谷方面を見たところ。前述のようにこの先で下り、現在のレールにつながっている。

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↑後ろを見ると、こんな。ちゃんと電気が来ているのがわかる。

「残滓」と書いたが、実はこれは遺跡ではない。聞けば現在ホームは事務所の一部として、線路も車庫として利用されているという。先ほどから現役のレールにつながっていると書いているが、そういうことなのだ。渋谷方向から新橋駅に到着する寸前、先頭車両から目を凝らすとこの駅がちらりと見えるらしい。

ともあれ、ぼくはむしろそんなふうにふつうに使われていることに新たな魅力を感じた。考えてみれば穴を掘って空間を作るという作業がたいへんなのはもちろんだが、それを埋め戻すのもたいへんだ。さらにいうならその空間を維持するのもたいへん。つまり地下空間は「幻」なんていってられないのだ。掘った穴を維持するには利用しなければ割に合わない。

「幻」という言葉は魅力的だが、あんまりそれに惑わされないようにしたほうがいいな、と思った次第。