2004年頃から集めていた「マンションポエム」。折り込みチラシや中吊り広告で見かける、ポエムのようになっている高級分譲マンションのキャッチコピーのことだ。

この記事のタイトル「マンションポエムは何を隠しているか」の結論を先に言っちゃうと、それは「ほかならぬマンションを隠している」ということになる。まあ、読んでみてくださいな。


■ちゃんと分析するとマンションポエムは面白い

昨年デイリーポータルZでこのマンションポエムについて2つの記事を書いて以来、あちこちで話題になってる。みんな気になってたんだね。気になるよねえ。

そのあと日経のインタビューを受けたり(このインタビュアーさんとは意気投合して、すごく楽しい取材でした)

ラジオ番組から立て続けに出演依頼があったり(山田五郎さんとのやりとりはすごくエキサイティングだった!)、言葉に敏感な生業の方々に受けたみたい。やっぱり気になるよねえ。

で、上記デイリーポータルZの記事では140のマンションを地図にマッピングし、エリアごとの特徴を形態素解析であぶりだすなんてことまでしたり↓

↑せっせとマッピングした。すげーたいへんだった(大きな地図で表示


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↑たとえば臨海部と都心部(山手線の内側南半分)でポエムの傾向が異なる


あとは2007年を境にポエムが保守化しているとか


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↑2008年以降カタカナが減って「歴史・伝統」系や「時・歳月」系の言葉が増えた。「変化」は減ってる、などがわかった。


印象論でマンションポエムについて語ってる人いるけど、ここまで分析している人はいないと思う!って自慢することかこれ。

ともあれこうやって分析したわけだけど、結局マンションポエムが何なのか、についてはっきり述べなかった。つい「大げさな言い回しで買い手を誑惑するもの」と思いがちだけど、そうじゃないんだよなー、という話をしたい。

だいたい高級マンションを買おうって人が「この邸(マスターズ)は象徴であり誇りである。」を見て、そうかなるほどおれも誇りたいぞ!つって買うわけがない。マンションはぽちっと購入ボタンを押して買うものではない。個人情報を引き渡して資料請求をし、モデルルームに行き、営業の人と何回も詰めていくというプロセスがあるので、ポエムが果たす役割はほんの入り口のフックにすぎない。


■すごく高度なやりとり

ぼくがマンションポエムが面白いなあと思う最大の理由はこれを誰も本気にしていないからだ。書く方もだ。何人か「マンションのコピーライターやってました」って人に話を聞いたことがあるけど「この言葉の内容を本気にしてもらおうとは思っていない」って言ってた。現に最近のマンションポエムって注がはいっちゃったりしてるし。

トップ
↑三井不動産レジデンシャル"CAPITAL GATE PLACE"より。

下の方に『「東京を頂く」とは、都心立地・駅直結により数々の東京の魅力を手に入れる生活や、53階建ての本物件より東京を見晴らす生活を追求し、表現したものです』とあった。ここまでしてポエムを書きたいのか!あっぱれ!って感じだ。これ、つまり「ポエムの内容は本気じゃないですよ」ってことだよね。

送り手も受け手も言葉そのものを真に受けてはいない、ってすごく高度消費社会的なやりとりだ。すごい。じゃあここで伝わっているものは何かというと「大手が気合い入れて宣伝してるから信頼できそうだ」ってことなのではないか。メタだなあ。


■じつは「場所ポエム」

マンションポエムの最大の特徴はなにか。これ、もうポエムを見慣れちゃってて、あるいはぼくらの住宅に対する評価において最大の条件になってるので気づかないけど「場所の物語」だという点にある。

マンションポエムは、じつはマンションのポエムじゃなくてそれが建つ場所についてのポエムなのだ。

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↑サンヨーホームズ「ザ・サンメゾン文京本郷エルド」

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↑住友不動産「グランドミレーニア・タワー&スイート」

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↑三菱地所レジデンス「ザ・パークハウス湯島龍岡町」

これらが載っているマンションの特設サイト(ちなみに売れちゃうと消えちゃうので、こまめに保存している)は、TOPページでまずイメージ映像がFLASHで流れるのが各社共通のスタイルなのだが、最後までマンションそのものが出てこないケースが多い。近くの公園や川、桜並木や神社といったものばかりが出てきて、最後の最後でマンションのパース絵が出てくる、というのがよくあるもの。

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↑広尾ぐらいになると「あの場所」なんていう言い回しでもって都心一等地であることを訴求(三菱地所、三井不動産レジデンシャル「広尾ガーデンフォレスト」)

考えてみれば、住む場所をこれほど自由に選ぶことができる時代は人類史上初めてではないだろうか。港区にしようか、中央線沿線にしようか、それとも千葉でもうちょっと広い家にするか、という選択肢が並列に並ぶってすごいことだと思う。

そしてあなたがどういう人間であるかは、どこに住んでいるかで表現される。どの街に住むかということは、収入と相談しつつどの物語を選ぶか、ということになっている。東京建物の「ブリリア外苑出羽坂」のポエムは「東京都心に住む。それは選ぶ地に自身の姿が投影されるということ。」はまさに自己言及ポエムだ。2007年竣工の三菱地所レジデンス「ミッドサザンレジデンス御殿山」の名作『ここでの暮らしは、どこかニューヨークのそれに似ている。』なんていうのもある。

ぼくらのイメージの中にある各街のイメージを増幅して見せているのがマンションポエムなのだ。だから、マンションポエムをちゃんと分析するとそれは東京論になるとぼくは思っている。たとえばさらに「マンションポエム」を分析するの最後で「臨海部のポエムのテンションが高い」という事実を示したが、オリンピックにむけてこの傾向はますます高まるんじゃないか、とか。


■「ポエム」の体裁をとるときは何かが隠されている

よく「自動車のコピーもポエムっぽい」など、他の業界・分野でのポエムを教えてくれる人がいるが、それらにはあんまり興味がない。なぜならぼくはあくまで都市に興味があって、マンションポエムがぼくにとって面白いのはこのように場所に結びついているからだ。ではなぜマンションポエムは「場所ポエム」なのか。それは建築を隠したいからだ。

高層住宅建築の経済と技術の進化ってすごくて、すごーくおおざっぱに言うと、マンションってもはやどれも同じ工業製品なのだ。埼玉の2400万の物件も、高輪の1億8000万のものも、建築としては同じだ。この価格差を説明できるものはなにか?それが場所なのだ。だから都心の高級マンションは最大限に場所の物語を紡がなくてはならない。

つまり、マンションポエムは売り物であるマンションという建築を見せまいとしているのだ。

「建築家が語る哲学用語満載のインタビューやテキストもポエムっぽいよね」と思ったことがあったが、あれはあくまでも「どうしてこの建築はこのような形になっているか」という建築の説明の言葉だが、マンションポエムはその逆なのだ。たぶん建築や場所に関する単語をだーっと並べて、マンションポエムに登場する単語を消していくと、そこに残った言葉によってマンションポエムによって隠された・語りたくないものが浮かび上がってくるのではないか。

マンションに限らず、なにかが語られるときそれがポエムの体裁をとったら、そこに何かが隠されていると思った方がいい。マンションポエムの場合は、ポエムの中でも一番無害だからぼくは楽しんでいるというわけ。