すばらしい本がでた!これは今年最高の写真集だ。いや、ただの写真集ではない。すごいぞ。

この『香港ルーフトップ』、元になった本は "Portraits From Above" という原題で2008年にドイツで出版されている。今回めでたく日本語版ができたというわけ。著者のふたり Rufina Wu と Stefan Canham は "WYNG Masters Award" という賞をこれで受賞している

さて、そのタイトルの通り、これは香港のビル屋上に建てられた家屋についての本だ。何年か前に海外ニュースで話題になった(CNN記事)のでご存じの方も多いと思う。もちろん香港に行ったことのある方なら「ああ、あれね」と思い浮かぶだろう。ビル屋上に自前で違法に建築された住宅のことだ。それらがレポートされているのだが、その写真と図がすてきすぎるのだ。







どうですかどうですか!Stefan Canham さんによる、おそらく4×5で撮影されたビシッとした写真。すばらしい。

で、もちろんこれら写真だけでも魅力的なんだけど、これらの脇に Rufina Wu さんの実測によるアイソメがあって、これがまたほんと鳥肌ものなんですよ。例えば上の写真の最後3つめの屋上家屋の図。



すてきだよねえ!こういう風にひとうひとつどんな風に建っているのかが示される。左上に小さくあるのは、屋上家屋が建てられる前の様子だ。ビフォー・アフターが示されているのだ。



↑1956年のビル建設当時はこんなでしたが



↑2008年はこんなです!ということが示されてる。



↑ときには立面も!

外観だけでなく間取りも写真と共に描かれてて、これがまたいろいろと想像させる。







かように、性質的にウェットになりがちな対象だけど、ビシッとアオって撮ったハイクオリティの写真に、クールなアイソメ図で絶妙のバランスを保っているのだ。素晴らしすぎるこの本!

と、ぼくなんかは興奮しちゃうこの屋上家屋なんだけど、実は、というか当然のことながらその成立要因は結構シビア。前出CNNの記事にもあるが
香港の不動産業者ジャニス・チャン氏は「こうした屋上家屋が違法なら、香港で100万香港ドル以下の物件を見つけることは不可能だ」と指摘する。

香港大学のアーネスト・チュー博士は「もちろん不動産業者は、屋上家屋などと記載することはない。書類上は、独特の景観やちょっと変わった特徴を持つ一室ということになっている」と説明する。同博士によれば、こうした屋上家屋によって、約4000人分の住宅需要が賄われているという。

というものなのだ。このアーネスト・チュー博士はこの本でじっくりと、これら違法建築の成立過程と背景となる香港の政治的・地理的状況を論じておられる。これがまたとても興味深い。



歴史的に香港は常に中国本土からの避難所であり、各時代に大量流入する新住民に対して慢性的な住宅不足が生んだものなのだ。屋上家屋は当局もその存在を黙認せざるを得ない、貴重な住宅インフラになっているのだね。

というように、これは屋上家屋をいろいろな角度から、絶妙のバランス感覚で捉えた本で、だからただの写真集ではないのだよ。

声高に告発するでもなくぼくみたいにうっかり「すてきー!」って興奮しっぱなしでもなく。このバランス感覚ってけっこうむずかしいよね。ただ著者達も、問題提起をしつつこれら違法建築に惹かれていることは伝わってくる。ふたりが取材している様子を撮った動画がYouTubeにアップされているんだけど、やはりとても楽しそうだった。



本書は、すぐれた作品は無邪気にそそられる心とルポルタージュ魂が交差するところに生まれるのだということの、最も魅力的な例だろう。すばらしいなあ。







こういう室内の様子も冷静に撮られてる。写真に住人は写っていないけれど、テキストにはその人生がクールに記されている。これがまたいい。こんな感じだ。

 夫婦は、広州の小学校時代からの幼馴染み。夫は元トラック運転手で、中国本土と香港の間を走っていた。この屋上住居は父親から受け継いだものだ。父親は、雇用主だったこの12階建ての建物の建築業者からスペースを与えられ、そこにこの小屋を建てたのだ。妻は子育てをしながら、手工芸品や衣類を作るパートの仕事をしていた。2人は、この屋上で家族を養ってきた。
 現在、夫婦はどちらも70代で、引退している。子供たちは皆家庭を持ち、別の土地に引っ越している。夫婦は、空いている部屋を下宿用に改築し、収入を得ることにした。5つの寝室のうち4部屋に個別の電力メーターがつけられ、本土から最近やって来た移住者に、月々1,000から1,200香港ドルで貸している。部屋は全て埋まり、全部で9名が住んでいる。居間や台所、浴室、ベランダは共用だ。トイレを流す水が海水ではなく飲料水のため、水道料金は高額になるが、それも家賃に含まれている。水圧を上げるため、家のすぐ外に電気ポンプが設置されている。夫婦は、活気ある現在の暮らしを楽しんでいる。ある賃借人の幼い娘には、本当の孫のように接している。


で、もうひとつ。この本のオビ文章と日本語版解説をぼくが書いているのです!初体験でした。

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↑連想した方も多いでしょう。そう、九龍城を。

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↑充実の4ページにわたる解説、というか「屋上っておもしろいよな!」って話を書いてます。

先日の「屋上バレー」は何になった?という記事は、この解説のためにいろいろ調べてる過程で発見した事柄なのでした。他にもガンダムに出てくる屋上の問題について書いたりと、目下ぼくは屋上に興味津々です。

自分で言うのも何だけど、この解説、かなりいい文章。いやまじで。

 建築の観点から見ても屋上家屋は魅力的だ。ぼくがまず気づいたのは、屋上家屋は近代以降でなければ成立しないということだった。近代以前の工法では屋根は平面を提供しない。屋上が平らなのはコンクリートのビルならではなのだ。家屋を建てる際に最も基本となる条件は柱や天井などではなく、実は「地面が平らである」ということだ。あらかじめ「造成」されているビルの屋上は、荷重に耐えさえするのなら家を建てるのにうってつけの場所なのである。セルフビルドとなれば、なおさらだ。柱を立て屋根を架けるのはちょっと訓練すればできるが、造成と基礎工事はそうはいかない。
 かつて、ル・コルビュジェは近代建築の五原則のひとつとして「屋上庭園」を提唱した。人々が屋上で活動する、というのは近代建築の快挙であり、香港の屋上家屋はもしかしたらユニテ・ダビタシオンとは別の形でその理想を具現化したものと言えるかもしれない。


とか。「地面が平ら」であることについてここのところずっと考えてます。ほかにも屋上バレーの記事にもある、日本の屋上家屋「山岡士郎の家」とソウルの「옥탑방(オクタッパン)」についても触れてます。ぜひ読んで感想聞かせてください。

このような素晴らしい本に文章を沿えることが出来て本当に光栄。いつかおふたりと会ってお話をしてみたい。ぼくの団地写真見せたい。